残された家族のために遺言しておくということ

遺言というと、資産家だけのものというような気がする。しかし、たとえ財産が家や土地だけしかなかったり、わずかな預貯金だけしかない家庭であっても、この遺言というものの効果は案外大きい。死者の意向に沿うという名目において、様々なことが滞りなく進むのだから。どんなに仲の良かったように思われる家族であっても、親族間の相続となると少しでも損はしたくないという心情になるものである。問題なく付き合っていても、裏ではかわいらしい愚痴や皮肉を言ったことはあるものだ。そこに金銭が絡むと人間かわいらしくはいられない。今の時代において、少しの資産であっても持っておきたいものだし、さっさと売却したいとか、保有しておきたいとか、人によってその価値観も様々だから、資産の処分方針だけでも揉める元になるのだ。残された遺族に自分のことで争われては、死者も浮かばれない。このようなことになるくらいなら、自分の資産の行く先について、自分の気持ちを家族への感謝とともに遺しておくだけで、遺された遺族も死者の思いをないがしろになどなかなかできないのだから、事が一段とスムーズに運ぶのである。ましてや裁判所で争うなどということになれば、近所でも噂の的にされる。遺族のその後の評判にまで影響することになってしまうだろう。裁判も、調停くらいで収まればいいが、互いに弁護士を立てて本格的に争うようなことになれば、その費用だけで多額な負担となり、結局は無駄に資産を食いつぶす本末転倒な争いともなり兼ねないのだ。しかし、そこまで行くと互いに引くに引けない泥沼なんていう事態に陥ってしまう可能性もある。


遺言するにあたって記述しておきたいこととは何だろう。まずは、資産どうこうではなく、家族一人一人に対する自分の思いを示すことだ。直接資産には関係なくても、死者からの感謝の気持ちや本心を聞けば、それまでのわだかまりも嘘のように消え、気持ちよく受け入れることができることだろう。そして、願わくば、以後に禍根を残さないように、極力皆が納得のいく程度の配分とすること。これまで自分の介護を引き受けてくれたり、生活援助をしてくれたような者には、そのことを明記したうえで、配分を多くしておけば、誰もが納得するだろう。生前あまり連絡をくれなかったような者であっても、そのほかの遺族との面倒を考えれば、相続から完全にのけものにするよりは、多少なりとも何か配分しておけば気持ちは引きやすいものである。自分の感情はまずおいて、自分の大切な遺族の状況に配慮することも時には重要なのだ。この資産をどうしたいか、誰に譲りたいかなど、おおむねのことを記述できたら、それが正式な遺言の力を発揮するために、公証役場に持ち込むとよい。今は書店で手軽に買える遺言ノートのようなものも注目されているが、それを受け止めてくれる遺族であるかどうかは自分でよく判断しておくことである。自分の遺言を、完全に発揮させたいと考えるのであれば、少々手数料等はかかるが、弁護士などに依頼するのも手である。遺言の内容として考えられるのは資産とは限らない。死後の葬儀や埋火葬、墓地など、安らかに休めるように事細かに希望する者もいる。たとえば家族葬とか誰を葬儀に呼んでほしいとか、流す音楽や散骨の希望などである。特に最近では葬儀のシマックススタイルも多様化しているため、こういった希望も付記しておけば遺族は手配に悩まず済んで楽であろう。